1月31日 思いで挑み、足るを知るという教え
立ち止まる日
毎年この日だけは、どれほど忙しくても必ず立ち止まる。
私にとって1月31日は、会社の原点と向き合うための、特別な一日です。
3年前の1月31日、
会社を支え、導き、守り続けてきた先代の社長が亡くなりました。
一年の中でも、この日は他の日とは違う重みを持っています。
日々の業務では、前へ進み続けることが求められます。
それでもこの日だけは歩みを緩め、
先代が私に何を教え続けてきたのかを、静かに思い返します。
思いが強ければ、必ず成し遂げられる
「思いが強ければ、必ず成功する。成し遂げられる。」
この言葉は、先代から何度となく向けられてきた言葉です。
ただしそれは、気持ちさえあれば何とかなる、という意味ではありません。
覚悟を決めること。
結果が出なければ、自分が引き受けると腹をくくること。
途中で投げ出す選択肢を自ら消し、前に立ち続けること。
先代にとって「思い」とは、
言葉や勢いではなく、最後までやり切る覚悟そのものでした。
正直に言えば、私はもともと、どうしようもない人間でした。
思考は幼稚で、判断は甘く、
どこか中途半端で、未熟だったと思います。
それでも先代は、私を突き放すことはありませんでした。
温かく見守りながら、
必要な場面では厳しく、何度も同じことを繰り返し教えてくれました。
複数人で進めるプロジェクトでは、
誰よりも自分が動くことを心がけ、
覚悟を決めて実践する人でした。
人と人の間に立ち、
時には摩擦を和らげる潤滑材のような役割を担いながら、
全体が前へ進むように動く。
それが、先代の姿でした。
日常の仕事や運営において、
誰かに任せる場面はあっても、
責任まで手放すことはありませんでした。
最後は必ず、自分が背負う。
うまくいかなければ、自分が「けつをふく」。
その姿を、私は何度も目の当たりにしてきました。
だからこそ、この言葉には重みがあります。
思いが強いとは、
誰かに丸投げすることでも、勢いで進むことでもなく、
任せた仕事も含め、最後まで責任を背負い切る覚悟を持つことなのだと、
私は先代の背中から学びました。
足るを知れという現実
一方で、先代が私に繰り返し教えてきた、もう一つの言葉があります。
「足るを知れ」。
背伸びをするな。
今の立ち位置を正しく見ろ。
利益や効率から目を背けるな。
先代にとって、
数字にこだわることと、人を大切にすることは、
同じ重さを持つものでした。
感情だけで判断せず、
数字を冷静に見つめ、
会社として続く選択をする。
それは冷たさではなく、
結果として人を守るための判断でした。
人を大切にするために、数字から逃げない。
数字を見るからこそ、人を守り続けられる。
先代は、そのことを言葉ではなく、実務で教えてくれました。
足るを知れ、と言いながら、
挑戦すべき場面では決して退かない。
慎重でありながら、腹をくくる時には誰よりも前に立つ。
現実を正しく見ているからこそ、
挑戦の価値が分かる。
人を大切にしているからこそ、
中途半端な判断をしない。
この二つは矛盾せず、
先代の中では、一本の軸として貫かれていました。
1月31日に、改めて誓うこと
先代が亡くなって3年。
今では迷う場面ほど、
「先代なら、どう判断しただろうか」と自分に問いかけます。
思いを強く持ち、逃げずに挑む。
同時に、足るを知り、地に足をつける。
人を裏切らず、数字からも目を逸らさない。
1月31日は、先代を偲ぶだけの日ではありません。
先代に導かれ、ここまで歩んできたものの、
学ぶべきことはまだ多い自分を省みながら、
受け継いだ教えを胸に、
これからは私が責任を引き受け、
次の一年へ踏み出すと、改めて自分に誓う日です。
この日を、言葉に残しておきたく、少し長くなりました。
